高田中高等学校は、寛政九年(1797年)に高田本山の境内に「勧学堂」を創立したことを起源とする伝統校です。本校は、214年にわたって一貫して仏教精神と親鸞聖人(しんらんしょうにん)の教えに基づく教育を旨として生徒を育ててきております。その結果、これまで多くの有能な人材を世に送り出すとともに、心の優しい思いやりのある生徒の育成をめざしてきました。
東北地方を襲った未曾有の大震災、原発の問題は、被災された方々の物心両面にわたる一日も早い救済支援が急務です。又あらゆる分野の復興まで長い年月がかかります。この厳しい社会情勢の中においても本校教育の基本を見失うことなく、選ばれる学校として保護者の方々のニーズに応えながら新しい状況に対応していきたいと考えます。
本校は、高校3年制と中高一貫の6年制を両輪としていて、それぞれが特色を発揮して実績を上げています。他方、部活動・行事などの学校生活において生徒たちは共に協力しあいながら活動しています。
私たちは生徒一人一人が本校の校訓「言行忠信 表裏相応」(ごんぎょうちゅうしん ひょうりそうおう)を日常の中で実行して「和顔愛語」(わげんあいご)にあふれ、無限のかけがえのない可能性をそれぞれに発揮する学校を目指しています。
いよいよ新学期が始まりました。中学新一年生202名、高校新1年生415名が入学してくれました。少子化の進むなかで嬉しいことです。高田中学、高田高校生2364名でスタートしました。
夢や希望に向かって早く学校生活に慣れてください。日々、安居楽業(あんきょらくぎょう)で行きましょう。意味は置かれた状況などに心安らかにして不平不満を言わないで心のどかに自分の仕事を楽しんでするとのことです。皆さんの仕事は何でしょうか。学習、クラブ、家の手伝いなどでしょう。仕事すること働くことは、自分も楽しみ、「周りの人にも楽をもたらす」のです。学ぶことの楽しさに出会いましょう。
(2017/04/21(金) 梅林久高)
平成26年度春高校一年新入生383名、中学一年新入生199名を迎え、全校生徒2439名で新学期が始まりした。
新学期の慌ただしさからも解放され、生徒の皆さんも学校の環境に慣れ落ち着いてきました。活き活きとした表情や行動に出会うとき、仏説阿弥陀経の聖語の「青色青光黄色黄光、赤色赤光白色白光」と重なります。青色青光(しょうしきしょうこう)黄色黄光(おうしきおうこう)、赤色赤光(しゃくしきしゃっこう)白色白光(びゃくしきびゃくこう)と読みます。浄土の大きな色とりどりの蓮の花からは、それぞれが光を放ち、微妙な香りを放し、それぞれが立派な姿であるとの意味です。
本校の生徒は皆さんの行動は、いつでもどこでもこのように光を放ち、芳しい香りを放しているのです。日常生活の中にいっぱい溢れています。授業中の真剣なまなざしと集中力の姿に出会い、朝のさわやか挨拶、友達同士の思いやりのある言葉とその会話などから皆さんの素直で素晴らしい人柄に好感を感じます。
私たちは一人一人、容姿や資質能力、性格、考え方などは異なります。そのお互いの異質や相違を受け入れ、認め合うことによって成長しつつ輝き出すのではないでしょうか。そのためには本当のものに出会う、真実を求め仰ぐことが大切だと思います。さあ、新学期がスタートしました。走り出すのは無限の可能性を持ったあなた自身です。私も皆さんとともにスタートします。
(2014/05/30(金) 梅林久高)
卒業生の皆さんおめでとう。
早春の柔らかな光が皆さんの門出を祝福しています。共に、この卒業証書授与式に多くのご来賓、保護者の皆様のご出席を賜りましたことに深く感謝申し上げます。高田本山常磐井法主猊下、田村厚生労働大臣、吉川参議院議員、舟橋三重県議会議員様をはじめ多くのご来賓のご臨席をいただきましたこと衷心より御礼申し上げます。
思えば皆さんが十五の春の時は、あの3月11日の深い悲しみの中で中学を卒業し、高校生としてスタートを切りました。「大震災復興を待っている人がいる今の私に何ができるか」こんな問いを持ち続け、自分の将来の進路決定にも影響を受けてきたことでしょう。あの日からもうすぐ三年。そして決して忘れてはならない事があるのだと受け止めてきたことでしょう。
鎌倉時代の鴨長明が方丈記の中に次のように書いています。1185年に起きた元暦の震災の様子を綴り、「すなはち人はみなあぢきなき事を述べていささか心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日かさなり、年経にし後は、ことばにかけて言ひ出づる人だになし」と言っています。つまり震災が起きた直後は、人はみな世のはかなさを口にして、少しは欲望や煩悩が薄らぎ心も洗われたかのように見えたけれども、月日がたち何年かすると誰もそんなことを口にだして言うものさえいないと。
皆さんは本校で仏教の大切な精神である慈悲について学ばれました。友となって親しみ自分にも他者にも、苦しみ悲しみを取り除き、安らぎと楽を与え育むことの大切さを日々の生活で実行してくれましたから、鴨長明の心情がよく理解できると確信しています。そして、今、卒業に当たりソチ冬季オリンピックでの日本選手の活躍から多くの感動と嬉しさ喜びの涙をもらったのではないでしょうか。今、自己実現のために受験勉強に一心不乱で集中していた皆さんにも響いてきたでしょう。なかでもフィギュアの浅田真央選手の活躍はまさに人生に何が大切であるかを教えてくれました。四年間の厳しい練習の日々の集大成の場面でショート2分50秒で大きなミス。でも翌日に不安を払拭し気持ちを切り替え、フリー4分の演技で日本中を感動の渦に巻き込み、人々を魅了しました。
その姿にまさに嘆仏偈の終わりの「仮令身止、諸苦毒中、我行精進、忍終不悔」の句が重なりました。
みずみずしい感性豊かな皆さんの時代に、この深い悲しみに涙を流し、喜びの感動にも涙することに出会いましたね。泣くという漢字を見ますと悲しい事つらいことから立ち上がるとの意味を感じます。涙という漢字はサンズイに戻ると書く漢字を思い出してください。深いところに戻り、さらに立ち上がっていく事が示されているようです。すなわち、いかなる時も苦しみや不安を乗り越えてゆかなければならない。喜びや嬉しさはさらに大きくその和を広げて行くことができると気づかされます。
もう一つ、昨年東京オリンピック誘致のプレゼンを行った滝川クリステルさんのおもてなしが大変好感をもたれ、美しい日本語として流行しています。あまりマスメディアは取り上げなかったですが、大変に印象に残っていることは、最後に手を合わせていることです。ありがとうや感謝の意味や、もったいないおかげさまでなどの意味もあるでしょう。充分なおもてなしをしようとしましたが、まだまだ充分なおもてなしができませんでしたことお許しください、との意味も込められているのです。
私たちは、ともに本山参詣などでは必ず合掌をしてきました。この姿は満ち足りた美しい姿です。忘れないでください。なぜなら、私たちは仏教の説く縁起の世界に生きています。存在する者はお互いに関わり合い無数のものとの相互依存のなかで生き、生かされています。決して一人だけでは生きることはできません。人は支え合って生きているのですから絆が大切なのです。自然にこの温かい手が自分だけのことにとどまらないで、次から次へと常に優しい思いやりの心へと広がって行くのです。
さあ、今飛び立つ皆さん。日本の自然、文化を守り、資源の少ない日本の社会があらゆる分野で発展していくには、皆さんの若い柔らかな力、智慧を必要としています。あなた方一人一人を待っている人がいます。本当に高田で学ぶことができて良かった。本校で学び貴重な体験を通して気づかされたことを心に持ち続けて、心と身体を大切にして一生勉強をして生きていってください。そして、「ありがとうたった五つの日本語が人と人とつないでいる、言って嬉しい言われて嬉しい。」そんな時を積み重ねて行きましょう。
保護者の皆様方には本校の教育にご理解ご協力をいただきましたこと重ねて御礼申し上げますとともに。卒業生の皆さんにもう一度おめでとう。「お・め・で・と・う。(滝川クリステルさん風に)」
(2014/03/12(水) 梅林久高)
体育館の東出入り口に毎年ツバメ達が巣を作ります。今年も七箇所の巣から、雛たちは梅雨の明ける前に巣立ちました。
禅宗の教えに「啐啄同時(そつたくどうじ)」ということばがあります。「そつ」の意味は卵の中の雛鳥が殻を破って生まれ出ようとするとき、雛鳥が内側から殻をこつこつとつつくことです。「そつ」の字は常用漢字にありませんが、ロへんに卒を書きます。啄(たく)はちょうどそのときに親鳥が外から殻をこつこつとつつくことをいいます。雛鳥が内からつつき、親鳥が外からつつくことによって殻が破れて中から雛鳥が生まれ出てくるのです。このことから両方がぴたりと一致して得難い好機となることを「啐啄同時」といいます。まさに両方が遅くても早くても生まれることができませんから、大事なことは一瞬の出会いとぴたりと呼吸があうことがポイントです。
仏道修行の道は険しいですから自分流の修行では悟りに至りません。雛鳥が弟子、親鳥が師にたとえてみれば、師と弟子とが意気投合して一体不離の関係となり、互いに信頼と敬いとによってつながり、そしてその上で弟子を育て導いていくには、その一瞬一瞬の好機と出会いを大切にしなければなりません。
教育の場面でもこの「啐啄同時」の心は大切です。子ども達を未来に飛翔させ行くには、その時その時の一瞬の出会いを、そしてただ今の機会を見逃してはなりません。飛びだったツバメたちが再び帰ってくることを楽しみながらこの教えに味わっています
(2013/07/10(水) 梅林久高)
新中学生一年生203名新高校一年生445名を迎え、全校生徒2408名で新学期が始まりました。入学式の日は新入生を祝福するかのような暖かい好天気に恵まれました。生徒一人一人の元気な姿と顔にも明るい表情と笑みが溢れていますこと嬉しく思います。
今この時期は百花繚乱(ひゃっかりょうらん)といわれるように、まさに色々な花が咲き乱れています。2408名の皆さんも一人一人がかけがえのない尊い命と様々な無限の能力を持っています。学業やクラブ活動でも日常生活において努力を惜しまずそれらを開花させてください。私たち全職員も一生懸命支援と指導をしていきます。
阿弥陀経の中に「青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光」とあり、浄土の大きな蓮の青、黄色、赤、白の花びらからは、それぞれが青、黄色、赤、白の光を放ち、さらに、奥深く優れた芳香を放ちていると説かれています。一人一人にはそれぞれ個性があり、考え方も異なります。でも一人一人がこのような浄土の蓮の花のようであり続けて欲しいと願っています。
(2013/04/20(土) 梅林久高)
高校三年生の皆さんが自由登校に入ってから一身田駅の乗車利用生の数も減り、冬の広がる景色と相俟って一層、駅が小石のように感じました。この一身田駅が多くの人で溢れんばかりに賑わったのは本山専修寺の第21世尭煕(ぎょうき)上人が九年間のドイツ留学を終えて帰国された明治28年(1895)、親鸞聖人の650回大遠忌法会、大正15年(1926)などでしょう。
今、錆の浮かんだ線路にも線路の石にも早春の風と光りが届いている駅。卒業生の皆さんはこの通い慣れた駅を思い出にして、これからどんな線路を引き、どんな列車に乗って人生を歩んでいくのであろうかと感慨にふけっています。
(2013/02/27(水) 梅林久高)
学校の周囲に秋の景色が広がり、空気が澄み、鈴鹿の山々が紺碧に輝いています。その風景の中、単線のJR東海紀勢本線一身田駅があります。一身田駅(いしんでんえき)真宗高田派本山専修寺の最寄りの駅であり、高田中、高等学校の生徒の大勢が利用しています。
明治24年8月21日に関西鉄道として亀山から一身田が開通し、同年12月3日に一身田、津間が開通。明治40年に国有鉄道となりました。明治42年に駅を改築。大正15年には、親鸞聖人が真宗の教えを開かれてから700年がたつので、その記念の慶讃法会のために上下線のホームの改築、下り線を新設し現在に至ります。このように歴史のある駅のため、全国の駅百選にも選ばれています。
特にこの駅で目を引くことは駅の玄関に掲げられている「一身田駅」の木額です。明治32年頃に近くの大里の山田井から川北へ通じる一本橋の川底(鉄橋の近く)から大工の後藤氏らにより掘り出され、萩安右衛門氏が板にしたものです。材質はケヤキです。大変美しい木の目であり、駅名は力強い行書で書かれています。右横に高田本山と小さく書かれています。そのアンティークさが、駅のシンボルとしてより一層、郷愁を感じさせます。是非一度ホームに入る前に見上げてください。
(2012/11/01(木) 梅林久高)
花紅柳緑(かこうりゅうりょく花は紅、柳は緑とも読みます)
春が来れば花は赤く、桜の花がピンクに咲き、柳の葉は青々としています。新学期が始まりましたがいつの間にか初夏となりました。玄関のインド菩提樹の葉も大変美しい緑に輝いています。
私たちの周囲もこの花紅柳緑のようにありのままの姿が真実なのです。つい忙しさのためにありのままの姿に気付くことがありませんが、身の回りのなかにありのままの姿に気付くと楽しくなり安らかになります。
下を向いてメールを送るばかりではなく、空に目を、広く回りに目を向けて観てください。ありのままのなかに真実と出会うでしょう。
(2012/05/10(木) 梅林久高)
中学入試は1月9日天候に恵まれ、512名が受験。そのうち県外からは112名が受験しました。多くの保護者も引率に来られました。塾の先生は最後のエールを受験生に送っていました。受験生一人一人の表情には、緊張感と頑張って勉強を積んできたとの自信が溢れていました。
高校入試は1月29日風もなく朝から好天気に恵まれ、3233名が受験。中学の先生が一人一人の出席を確認しながら、励ましの言葉をかけてみえました。学校単位での受験のためにか、緊張感を持ちつつも生徒同士は談笑し、笑顔がこぼれていました。「おはようございます」と挨拶をしてくれた生徒も多くあり、凛とした寒さの朝に心温まる出会いがあり嬉しく思いました。
この四月にどんな中学、高校の新入生を迎えられるか、無限の可能性と豊かで素直な感性を持っている多くの生徒を大切に育てるその楽しみと責任を感じさせられました。そして、「高田は学習環境に恵まれた学校だから、あなたの資質をより伸ばすことができるので是非来てください」と、再会を念じています。
(2012/1/31(火) 梅林久高)
いよいよ新年を迎えましたが、あっという間に一月も過ぎようとしています。1月は「行く」2月は「逃げる」3月は「去る」と言われるように光陰矢のごとしです。今年の私の抱負は段の一字で表したいです。段の意味には様々ありますが、鍛えるとか鍛えることにより技能の上達にいたる、あるいは階段の上り下りの時のように焦らず怠らないで着実に一歩一歩確かに歩んで行きたいです。何事に対しても。
(2012/1/25(水) 梅林久高)
鎌倉時代に真宗(浄土真宗)を開かれた親鸞聖人は、関東各地を教化されてみえた五十三歳のときに現在の栃木県真岡市高田の地で夢を見られました。明星天子が虚空蔵菩薩となって現れ、この地は聖地だから寺を建立するようにと告げ、菩提樹の種と柳の枝を授けました。試みに水田に植えて目を覚ませば一夜にして、その地が高い地となり菩提樹と柳が大きく育っていたと伝えられています。それからこの地を高田と呼び、寺が建てられました。津の高田本山専修寺に対して本寺と呼び、この地が念仏の根本道場として今日も護られています。
エンブレムは、この高田の由来に基づき、右側に菩提樹とその実、左側に柳をデザインしたものです。校歌の歌詞にもこの二つは書かれています。
(2011/12/28(水) 梅林久高)
今年もいよいよ残り少なくなりました。今年の世相を漢字一文字で表されたのが、「絆」でした。あの3月11日の東日本の大震災、津波で犠牲になられた多くの人々、被害にあわれた人々は今なおその心は癒えることなく深い悲しみと苦しみの中にいられます。被災地の人々からはいつも逆にこちらが勇気と心温まる言葉と生き方を貰います。 この絆の漢字が今年だけの象徴で終わるのではなく、来年も、ずっとずっと続いて欲しいです。いや永遠に続けて行かなければならないと思います。
(2011/12/28(水) 梅林久高)
ブレザーのキャメル色は、当時としては全国的にとても珍しい色でもありました。このキャメル色を採用したコンセプトは、従来の伝統的な茶色(チョコレート)のイメージを残しつつ、かつ大胆に発想転換したものでした。
キャメル色には気持ちを安定させたり、堅実で信頼感を与えたり、暖かみを感じさせたりする効用があります。さらには、この色は大地の色でもあります。大地にしっかりと根付いた木々が、厳しい自然に耐え、天高く伸びて行くには、大地が豊かでなければなりません。四季には緑美しく花が咲き、実を結び、さらには保水し、海をも豊かにします。このように高田の一人一人の生徒の心、智、体が豊かに成長することを願っているカラーなのです。
(2011/11/2(水) 梅林久高)
現在の制服は、キャメル色のブレザーがポイント。ズボン、スカートは、このブレザーに合うグレーンチェック柄。そして、胸にはエンブレム、男子はネクタイ、女子はリボンを付けました。さらに、替えズボン、替えスカートのバリエーションを可能にしました。毎日着る制服なので、落ち着いた品性、清潔感と活動性の三拍子揃った制服へとモデルチェンジしました。
(2011/10/26(水) 梅林久高)
本校の現在の制服は、平成8年4月に導入され、今年で16年目になります。
それまでは、男子は、詰め襟で黒色の学生服。女子は、三年制コースが茶色(チョコレート)で白襟が取り外しの出来るスモックタイプ、六年制コースは茶色のセーラー服タイプでした。本校職員で美術の大家であられた、故平井先生がデザインされたもので、いずれも清楚さと可愛らしさのある制服でした。当時の中高生女子のバイブル的な雑誌であった「セブンティーン」(平成3年10月号)で全国55着1991秋冬版ピカイチ大報告にも選ばれ、在校生・卒業生は勿論、地域の方々にも好評をいただいておりました。
しかし、平成元年前後から、制服におしゃれを加味し、学校のイメージチェンジを図ろうとする傾向が全国的な流行となり、本校でも制服委員会を立ち上げ、制服の機能性・経済性等とともに、デザインの面でも検討を重ね、現在のスタイル・カラーの制服を導入することに決定しました。
(2011/10/21(金) 梅林久高)
現在伝えられる経典は、釈尊が四十五年間にわたり説かれた教えが、弟子達の暗唱によって伝えられ纏められたものです。後、一切経と呼ばれ膨大な量があります。釈尊の説法の方法は、対機説法、随機説法とか金口の説法とも言われてきました。また、釈尊のことを大医王とも讃えました。それは私たちの悩みや不安、苦しみ悲しみ、喜びは、人それぞれによってその受け止め方や解決の道が異なります。
人の資質や能力のことを仏教では機と言います。この機は日常でも「機会があればまた合いましょう」など言うように、まさに人を指しています。
釈尊は老若男女の区別なくすべての人に対して寄り添い、その苦悩を取り除かれ、正しい心の平安に至る道を示されたのです。だから経典は、釈尊が覚りの境地から説かれた比喩的な内容から深淵な哲学の内容のものまであるのです。種々雑多な悩み迷いを持つ私に対して法が説かれているのです。
今日教育の現場においても、一人一人の個性を大切にした育成や支援に関わることが叫ばれています。この対機説法はまさに教育の原点だと思います。私たち教員は子どもの成長過程や内面をよく観察し、その悩みや迷いを解決し、正しい道へと導かなければなりません。そのためには私たちが優しい眼と寛容な考え方を持つことが大切だと気付きたいです。
(2011/10/4(火) 梅林久高)
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